2020年11月15日日曜日

友人と丸ビルへ

やっと電車に乗る日がやってきました。 

名古屋から昨日出てきてくれた友人と船橋駅で待ち合わせ、

総武線快速のグリーン車に乗って東京駅まで。

土日は平日より安いのです。


東京駅ではまずランチをと丸ビルに直行。

今日は友人の希望で35階のマンゴツリーへ。


ビュッフェ・スタイルのタイ料理でした。

自分でサーブする際は、マスクと使い捨てのビニール手袋着用。

コロナ対策はちゃんとしているように感じました。


料理とおしゃべりとデザートを堪能。


その後は、ショッピング。

軽くコンラン・ショップで目の保養をした後、

お洋服を真剣に見ました。

信頼できる女友達との買い物は心強いです。

予定外だったけれど、ものすごく気に入ったスカートを購入。


1階はクリスマスの飾りつけになっていました。


今回は、いくつのクリスマスを見ることができるでしょう。


少し早い時間でしたが解散して、

友人はそのまま名古屋へ、わたしは実家へ帰りました。

小学校の同級生との素敵な週末でした。


2020年11月14日土曜日

コロナ感染対策比較

 日本に帰って二週間が過ぎ、はじめて街に出ました。

日仏の感染対策について、

ここに書いてみようと思います。


まず、バスはほぼ一緒です。

今日乗ったバスは下の写真のように席をつぶしていましたが、

一席だけだったので、

特に大きな違いはないように感じました。

フランスには、まだSUICAのようにカードで支払えるバスは

ほとんどないので、そこは大きく違うのですが。


次に、レストランは、メニュに関してフランスではスマートフォンで

QRコードを読み取り、そのまま自分のスマホで見るタイプが多く、

日本では今日のところはそのタイプのものは見かけませんでした。

QRコードを見かけることはありますか?


また、フランスではすべてのレストラン、すべての大型店

ほとんどすべての小売店で入り口に消毒液が用意されているのですが、

それでも使わない人もいて、その対応をゆるく思っていた私は、

日本ではそれほど消毒液も用意されていないのを見て、意外でした。

感染者が断然少ないので、そこまで徹底する必要がないのかもしれませんし、

日本ではそれぞれ手をきれいにしているはずという前提なのかもしれません。


わたしはと言えば、感染者の多いフランスで、

絶対感染しないという覚悟で暮らした時間が長くなり、

日本でも消毒スプレーを持ち歩いて、徹底的に防御してしまいます。


バスに乗っては目の前の手すりにシュッ、

レストランでメニュや何かに触っては手にシュッ、

トイレにはいったらすぐに全体にシュッ、

お買い物したらすぐに手にシュッと。


でも、ここまでする人は少数派なようです。

過剰反応なのかも?

でも、私は人より移動する範囲が広く、

感染するわけにはいかないので、

できうる限りのことをして、自己防御したいと思っています。


カフェでおしゃべりする人が少ないのは、日本の特徴ですね。

ロックダウン前のフランスでは、テラスでおしゃべりしながら

食事を楽しむ人たちがかなり見受けられ、

これは感染源になりそうと思っていましたが、

日本ではカフェに一人で座って

マスクをして下を向いてスマホを触っている人が多く、

対象的でした。


それにしても、日本のカフェメニュは素晴らしいです。

ほうじ茶だけでラテやアイスクリーム乗せなど何種類もあり、

自分で点てる抹茶セットなんていうものもありました。


せっかく帰ってきた日本なので、

いろいろなことを楽しみたいと思います。



2020年11月13日金曜日

幸せのために、眠ろう。

睡眠は幸せな生活の基本。


いいパフォーマンスのために、眠る。

スリムな体のために、眠る。

美肌のために、眠る。

優しい気持ちになるために、眠る。


私は眠りにつくのが得意ではない。

楽しすぎて、興奮して眠れないことがある。

考え事をしていて、眠りにつけないこともある。


瞑想用の音楽で頭をやわらげ、

抱き枕で体をやわらげ、

今日あったいいことを思い出して心をやわらげ、

それでも眠れないときは、

眠ったふりでごまかす。


本当に眠っているわけではないけれど、

体と心と脳が眠っているかもとだまされるくらい眠ったふりをする。


眠っているのと同じくらい体をリラックスさせ、

目をやすめ、目の奥もやすめ、

頭をやすめ、

お本当の眠りとどこが違うの、これでいいやと開き直る。

そのまま眠れなくても、本当は眠ってたかもしれないと思ってみる。

そうすると、そのうち自分もだまされ寝てしまう。


こんなことを書いているのは、

昨日あまり眠っていないから。

あまり眠くならなくて、いろいろなことをしていた。


それで、今日は一日ずっと目の上に眠さがあった。

眠気に幸せな気持ちをちょっと邪魔されている感じ。


イメージしよう。

今晩、十分に気持ちよく眠れたら、

明日の朝は幸せな気持ちで目覚めることができる。

幸せな一日のはじまりのために、

にっこりして眠りにつこう。





2020年11月12日木曜日

チェーホフ

 オンラインイベントでチェーホフについて少しだけ語った。

チェーホフはロシアの作家、劇作家で医師。

勤勉な人で、結核に苦しみ、44歳で亡くなった。

チェーホフの小説や戯曲は

医師としての人々の観察に基づいていて、

余計な装飾がなく、人生や人というものを浮き彫りにしている。


「かもめ」「ワーニャ叔父さん」

「三人姉妹」「桜の園」が四大戯曲として知られている。

現代演劇の父とも言える人で、

現在の自然な演技というものは、もともとチェーホフの戯曲が

自然さを求めたために生まれたと言われる。


私の人生は、チェーホフに多分に影響を受けている。

作品をたくさん読んだというだけでなく、

まだ演劇をしていたころ「桜の園」に出演したことがあって、

その中で自分は村ごと貧困などという、広範囲の貧困を知らないことに気づき、

現代だったらそれはどこだろうと考えた結果

アフリカだろうと思って知りたくて行ってしまった。

そして3年もそこで過ごすことになった。


今でもチェーホフは好きで、

心の中で劇中の場面を振り返ることがよくある。

チェーホフの戯曲を読み合う会を

開きたいと思っている。


2020年11月11日水曜日

上達するには、仲間と一緒に取り組むのがいい。

一人では上達できないこと、あきらめてしまうことも

仲間と一緒ならできてしまう。

やればできる、仲間とならば。


 4歳から17歳までピアノを習っていた。

その後しばらくは、思い出したころにときどき弾いていたけれど、

何年も弾かないこともあり、

ちょっと復活してもまたやめてしまったりして、

以前のように弾けるようになることはなかった。


その状況が変わったのは、今年の4月。

自粛期間中に、

「オンライン・ピアノ弾き合い会」なるものに出会った。

弾き合い会というのは、教室の「発表会」とは違って、

誰かが主催する、誰でも参加していい会に

弾きたいときだけエントリーして参加するものらしかった。


レベルを問わず、1フレーズからOKというその会の趣旨に心を動かされ、

急遽練習して、

緊張しても大丈夫なように、比較的簡単な曲で参加した。

出来はと言えば、緊張や曲の完成度の前に

ネットで音を届ける設定をまったく知らなかったために、

ほとんど聞こえていなかったらしい。


でも、私はその弾き合い会の楽しみにはまっていった。

少人数でも人に聞いてもらうので、練習が楽しい。

音の設定も少しずつ改善していった。

音楽が好きな人が集まっているので、

他の人の演奏を聴いていてもうれしくて仕方がない。

音がかすれたり、ぼやけたりすることがあっても

それを想像力でおぎない、

毎回心待ちにして参加するようになった。


秋からは自分でも主催するようになった。

弾き合い会に参加するための

練習&弾き合い会。

毎回、1時間の間に顔合わせ、30分ほどの練習時間、

そして弾き合いをする。

こちらはピアノだけでなく、

チェロ、ヴァイオリン、フルートなど

バラエティに富んでいる。

毎週行っているので、1年間で

50回も人前で弾く経験を得ることができる。


他の人と比べたら、全然うまいピアノ弾きではないけれど、

4月のわたしと比べたら、ものすごく上達しているし、

気が付いたら17歳の時には弾けなかった曲まで弾けるようになっていた。


仲間がいる、そのおかげで

一人では到底かなわなかったレベルに達することができ、

なによりピアノを弾くことが、大好きということに気がついた。

オンラインでまたピアノを習おうかなとも思っている。


今月は日本に帰ってきているので、

その仲間たちと初めて実際に会って

リアルの弾き合い会をする。


年に1回の発表会なら緊張するところだけれど、

これまで20回に及ぶ弾き合い会の中で

たくさん間違い、温かく見守りあっているので、

安心して迎えられる、、、かはわからない。

今はただ、その日を励みに、楽しみに、練習するのみなのです。







2020年11月9日月曜日

言語・コミュニケーション能力があるかも?

私は、過去の2つの出来事により、自分は言語力、コミュニケーション能力が高いかもと、ちょっと自惚れているところがあります。

1点目は、青年海外協力隊の試験。英語の他に、人造語のテストがあるのですが、
人工的に作られた文がならび、Aの文はこういう意味、Bの文はこういう意味だとすると、
Cはどのような意味でしょうという問題がたくさん出ます。
パズルのようでもあり、答えは結構簡単に導きだせ、私は満点でした。
あんなに簡単なのだから、みんなできるだろうと思っていたら、
そのテストが100点中、0点、20点、30点という人もいて、
もしかして、言語能力というものがあるのかもと思うようになったのです。

2点目は3年過ごしたアフリカのジブチでの出来事です。

ある雨上がりの朝、人通りの少ない街なかで、巨大な水たまりと化した道路の、
わずかに盛り上がっている土の部分を歩いていると、
向こうの角を曲がって、一人の見知らぬ中年くらいの男が現れました。
アフリカ人だけどジブチ人ではなさそう。
得体が知れない感じで、遠目にもなんだかものすごいしかめつら、
ひげをはやし、手には杖を持っています。
正直、人生最大のピンチだと感じました。
昼間なので、殺されることはないかもしれないけれど、
杖でなぐられて水たまりに落とされるくらいはありそうと。

その時私に与えられた選択肢は3つ、
①そのまま前に進んでその恐ろしい男と対峙する。
②水たまりにはまる。
③踵をかえして逃げる。
で、瞬間的に水たまりにはまりたくない、
逃げたらこれからずっと逃げ続けることになるかもと、
そのまま歩き続けることにしました。

でも、もちろん危険な目には会いたくない。
どうする?近づく前に話しかけてみる?何語で?考える時間もない!
で、男性の服装とひげと杖からきっとイスラム系だろうと判断し、
まだちょっと距離のあるうちに、ここはもう一世一代の笑顔で、元気よく、
「アッサラーム・アライクム」とあいさつしてみました。
その反応次第では、まだなんとか逃げ出せるかもというところで。

そうしたら、どうでしょう、その怖い人の、怖い顔が、
一気にびっくりするほどの笑顔になって、
「ワー・アライクム・サラーム」と返してくれたのです!
大・成・功!身の安全は確保できたみたい。
それどころか、そう言っているうちにも、どんどん近づいて、緊張感もほどけ、
お互いなんだか嬉しくて盛り上がって、すごい笑顔のまま、手まで握りあい、
「私はアリエよ」「俺は〇〇だ(忘れちゃってる)」と名乗りあうことになりました。

「日本人か?」「お前はもう俺の友達だ」「この辺でなんかあったら俺が助けてやる」と
いつの間にかものすごい心強い味方ができていました。
彼はタンザニアだったかの大使館の警備員で、英語も話せました。
顔があまりにも怖いので、彼に話しかけた日本人は初めてだったようです。

この体験は、あの時の恐怖・緊張感と共に、わたしの人生観や世界観に影響するほど
強烈な思い出となっています。
遠い異国で慣れない頃にこんな成功体験を積んだので、結構自信になったのです。
こんな成功体験しょっちゅうないですし、怖い思いなんてしなくていいのですけれど。

日本に帰ってきて、こんなことまで思い出してしまいました。

2020年11月8日日曜日

なぜ今フランスから帰国したのか

 フランスがロックダウンになり、日本も感染者が増えている中、

なぜ今帰国したのか、ここに書き残しておこうと思う。


理由の一つは、毎年今の時期に帰ってきているから。

もう一つは帰れる条件がそろったから、です。

そんな理由?かもしれないけれど、大切なことでした。


帰国できる条件は、以下の4点になると思います。

1.感染していない。している可能性がないと自信がある。

2.空港から家までの移動手段がある。

3.長期滞在できる場所がある。

4.万が一の場合、滞在日程を変更できる。


帰れる条件の1番目は、感染している可能性がほぼないと確信できていたこと。

フランスの小さな地方都市暮らしで人とすれ違うことも少なく、

住んでいるアパルトマンの世帯数も少なくて、

住人は引退した人やテレワークの人ばかりで、

学齢期の子供や若者がいないこと。


唯一パリに通っている夫は、

3月に仕事でコロナに感染して相当苦しい思いをしたので、

二度とかからないように細心の注意を払って生活し、

私自身は、3月に感染した夫と同居しながらも感染しなかったほど

対策をしっかり取って毎日を送ってきた。


高い航空運賃を払って、日本に着いてから

病院や隔離されての生活は人にも迷惑がかかるし自分もつらいので、

このリスクがある人は、まず帰国できないと思う。


2番目は、フランスでも、日本でも、空港から家まで車で1時間ほどの距離なので、

家と空港の間の移動に問題がなかったこと。

フランスでは夫が送ってくれ、日本では

厚生労働省が認可・紹介しているコロナ対策のハイヤーを利用した。

羽田から自宅まで2万円は公共交通機関にくらべれば高いけれど、

地方に住んでいたら航空会社の国内線が使えないので数十万かかる。


3番目は、検査が陰性でも自宅についてから2週間の自宅待機期間があるため、

それ以上の滞在期間がとれない人は帰国を見合わせるしかない。

さらに、フランス側のロックダウンの長期化や空港の閉鎖などもないことではないので、

日数に余裕が取れないと躊躇する。


幸運なことに、迎える側の両親が私に帰ってきてほしいと思ってくれ、

近所の人とも良好な関係を築いているので、

今回の帰国を問題視する人は実家の周囲にはいなかった。

私が帰国してから母のもとに、毎日のように

花や野菜や魚などを届けてくださる方々がいて、

母のために私の帰国を歓迎していただいているようでありがたい。

送りだす方の夫も、犬の面倒を引き受けてくれ、

ロックダウンで仕事が少ないからと2週間の休暇を取ってくれた。


5番目は、私の場合本来帰国予定は11月3日(火)のところ、

10月28日20時の大統領演説でロックダウンが発表され、

その日の24時過ぎに日本が8時過ぎたのを待ってJALに電話し、

30日の便に変更できることがわかったことも決め手となった。


直前になってロックダウンのフランスに夫とシラノをおいて

日本へ発つことに迷いが出たのだけれど、

最終的に帰ることを決めたのは、

「迷ったら経験していない方を選ぶ」

「今移動できる人が少ないからこそ、そこを経験しておきたい」

という私の性格による。

フランスのロックダウンは3~5月に経験したので、

今回は日本に帰ってみたくなったのだ。


両親と会え、過ごせる時間も

この先どれだけあるかわからない。

一人娘としては、まだ元気な父と母と2週間過ごせるということだけでも、

今回帰ってきてよかったと思う。


厚生労働省からは毎日、

発熱や咳がないか確認の電話がある。

母は、「なんだかこうやって守られている感じがするわね」と言っている。


コロナの検査に費用がかかることは心苦しくも思ったけれど、

私は住民票が日本にあるため、毎月健康保険を収めており、

今回の検査の費用くらいは十分に出るのではないかと思う。


いろいろな方のおかげで、私の帰国は実現しました。

今回ほど帰国に際して感謝を感じたことはなかったかもしれません。


せっかく日本に帰ってきたので、

経済効果というには微々たる額ではあるけれど、

しっかり日本でお買い物して帰りたいと思っているところです。


シャンパーニュのブドウ畑。だいぶ成熟してきました。

Hautvillersにブドウがどのくらい育ったか見に行ってきました。 区画によりますが、シャルドネは結構育ってきている感じです。 これからの天候によっても変わってくるのだと思いますが、 収穫まであと10日くらいか、 涼しい天気が続くともっと先になるのか。 収穫が近づくと生産者は...